こんばんは。予備校の祝賀会から帰ってまいりました。
僕は3年間浪人をしてきた。今年はなんとか念願かなって受かりまして。
現役時は現実味なんかなくて、それを引きずって一浪目は恋に溺れ、
二浪目はニートのように暮らしたが、この一年の読書で、「自分」の鋳型みたいなものが出来上がり、
三浪目で孤独の中で孤独を味わって、必死にもがいて、勝利を手にした。
終わってから、暫く経つ。21になり、年齢的に社会的義務を負うようになった。
そんななか、僕の周りは、大学生になっていて、きっと楽しいくて恋人とうふふして、いろいろな
感情を抱いたのであろう。
けれども、そんな彼らを羨むばかりではなくて、感謝もしている。
今年僕が受かることができたのは、彼らが就職を迎えるので、僕が慌てたというのも、受かる原因となったからだ。
焦っていた。周りが社会の一部として機能していこうとするときに、僕は一体何をしていて、
これから何をして生計を立てて、いずれ独り立ちしたときに、いったい何を残せるのかということを、
心の奥が、ざわめきのように押し寄せていた。
月に一度、実際の医学部入試を用いたテストがあった。
入学当時、四科目で80点ほど。卒業時238点。
150点の伸びを見せた。この予備校が始まって十数年たつが、今までの最高記録は130点。
その歴史を僕は塗り替えた。(自慢っぽくなっててすいません。自慢させてください。)
夏休みに入る前に物理から生物に変更。勇気が必要だったが、このリスクが大事だったように思う。
学院長も、「奇跡。レジェンド」として、僕が不在の一ヶ月ほど語りつくしていたらしい。
今日、祝賀会前に予備校により、挨拶。
荷物も溜まっていたので。とおもったら、入り口で、ポラロイドカメラでメッセージをかき、後に学院長に
渡すことになるものを作成。彼らは粋だ。その一人ともちょいと話せてよかった。
というのも、予備校時代、本当に孤独でヒトコトも発さないのではないかという勢いだったからだ。
でも、今日は普通に話せたので、あの孤独も努力も無駄じゃなかったなと思えた。
事務の方々にも久しぶりにあった。檀れいに少し似てるあの人は、僕が書類を書いている間に
トイメンに座り、目を赤くしながら「今日は来てくれてよかった。」といってくれた。
もちろん僕は予備校の、事務の方、講師の方々、生徒の方々、学院長に恩義を感じているし、
いつかは尋ねる予定だったが、そうやって喜んでくれると、なんだか僕の方ももっとうれしくなった。
僕の集中力やらなにやらは、きっとこれからも役に立つのでしょう。
そういう事に気づけたのは、当たり前だが自分のおかげ。
しかしながら、感謝する人はたくさんいて、その人達に合格という形で恩返しができたので、
祝賀会から帰った僕は、うれしさをいだいている。
浪人から脱出できたのは嬉しいが、少なからず9ヶ月お世話になった方々とはなれると、
多少の寂しさのようなものもある。
そして、その期間、僕の身体を生成してきた、隣にあるAMPMが完全に消えていたことにも寂しさを覚えた。
僕が、周りの大学生に比べて、3年間で失ったものは大きいと言っていた。
ある日その人は言った。「失ったものだけではなくて、得たものも見てみればいいのではないか。」と。
前にもこれ書いたっけ?でもさ、やっぱり得たものとか気づけたものとかって結構あるのよ。
そういうものがきっとすごく大事で、いわゆる「当たり前」って思ってるものだと思った。
大切にしてるものに囲まれて生きて、生かされてる。
それに気付けないまま死ぬ人もいるとおもう。僕は、その大切さに気づけて、それが幸せなのかなと考えた。
大切な人もほしいね。ほしいっていうと違うけど、ほしいな。なにいってんだかな。
とにかく、非常にいい祝賀会で、そして、これで浪人は終わりで僕は医学生になれるのだということを
誇らしく思う。
明日の教習所は、ついに卒検です!明日が終われば、もう本試験を受けに行って免許取るだけ。うぃ!
追記:受かった人もいれば当然落ちた人もいて、それはなんだか、なんだか考えるものだった。うすーく。
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